林 敏之の楽苦美(ラグビー)ブログ

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zoom RSS 東寺礼拝

<<   作成日時 : 2010/04/06 22:22   >>

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知り合いから誘われ、京都の東寺に行ってきました。

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これは結構前の事になるのですが、後七日御修法が行われ、それを見学に行ってきました。ブログを書きかけてそのままになってましたので、書き足しててアップさせていただきます。
御修法(みしほ)とは国家の安泰や世界平和を祈願する修法なのだそうで、弘法大師の進言により始まったと言われ今年も高野山の松長有慶猊下をはじめ各山の高僧が集まりました。
以前高野山で勉強会の合宿をした時に松長有慶猊下に「大欲は清浄なり」と題してご講話をいただきました。式典の様子を見ようとたくさんの人が来ていました。

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学生時代京都に住みながら、また高速を下りて京都市内に行く時にいつも横を通っていましたが、実は東寺に来たのは初めてでした。
式典の後で、説法を伺い、お寺の境内を見学しました。国宝の五重の塔も開放されていました。
私の実家は徳島でもあり、弘法大師に縁が深く真言宗です。そういう意味では東寺とも縁が深いはずですが、といっても私自身は特別に何の宗教的儀式をするわけではなく、何となく仏壇も拝みますが神様も拝みます。御稲荷さんでもキリスト教でも何でもこいで、何かわからないけど偉大なもの、サムシンググレートがあると言うのが私の宗教感覚でしょうか。

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ゴッドを神と訳してはいけないのでしょうね。ゴッドというのは唯一神であり、明らかに日本で言う神様とは異なります。砂漠で生まれた1神教とは明らかに違い、1神教が神を外に立てるのに対して、神・仏・サムシンググレートは私の身体の中にもあると言うのが日本人の宗教観でしょうか。

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仏像の前に十界の教えが置かれてありました。人間は丁度真ん中あたりに位置するんですね。悟りも迷いもいろんなレベルがあるようですね。三蔵法師が天竺に学びに行った唯識などは、仏教の心理学のようなもので、人間の心のあり方が詳細に分析されています。しかし人間は皆、いつか悟る事ができるんだと言うのが東洋的な思想でしょうか。

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お釈迦様が悟ったのは、縁起の理法だという事を教わった事があります。お釈迦様は悟る方法を説かれたのですが、そこからいろんな宗派ができましたよね。しかしながら根本は一つであるはずなので、私は叱られるかもしれませんが、それは心の置き所の修行だと思っています。
心があっちへ行ったりこっちへ行ったり、飛び回るのですが、それを一所につなぎ止め、三昧になれるよう、何処にも行かない心になるよう修行したいものです。

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