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石塚武生さんの本が出版されました。著者はNPOヒーロズの理事でもある大元よしきさんです。 ちなみに本の表装は私の友人でもあるスポーツイラストレーターの尾中さんが書きました。 石塚武生さんは、元日本代表のフランカーで、早稲田・全日本ではキャプテンも務め、最多キャップホルダー(28キャップ)でもあり、一世を風靡したラガーでした。また伊勢丹、早稲田大学で監督も務めました。 私が日本代表に入った頃の中心メンバーで、オックスフォードのスタンレーマッチ出場のために渡英した時にも、リコーから海外勤務中だった石塚さんにお世話になりました。 純粋なまでにラグビーを愛し、常総学院で監督を務め「勝つこと」にこだわり続けてきました。そんな石塚さんが数年前から取り組んでいたのが、小学生、そして少年院の子供たちを対象にした「タグラグビー」でした。己に厳しく、人に優しい人柄は、子供たちから大人気だったようです。 しかしかつての栄光で元・・と語られる人間像と現在の自分とのギャップの中での葛藤もあったのではないかと思われます。それは私自身の人生とも重なる部分があります。作家の大元よしきさんはかつての憧れのプレーヤーだった石塚さんと出逢って、「元で語られる石塚武生ではなく、今生きている人間石塚武生を書いてほしいんだ」とパスを放られたのだそうです。 しかしゆっくり出版しようと言っていた石塚さんが、早く書けないかと出版を急ぐようになったのだそうです。取材のため石塚さんと一緒に少年院を訪れ少年達の当たりを身体で受け止めた帰りの車の中で、石塚さんは左胸を押さえ震える手でハンドルを握り、脂汗を流しながら運転し、運転を代わろうかとい大元さんに「たまにこんな状態になるんだけど誰にも言わないでほしいんだ」と話したのだそうです。 なかなか出版社が決まらなかったのだそうですが、ウエッジから本が出ると出版社が決まって喜び合った1週間後の昨年8月6日、石塚さんは突然に倒れ帰らぬ人になりました。大元さんから本の出版の電話をもらった時に「今思えば、石塚さんは自分の寿命が長くない事を気づいてたのかもしれません。石塚さんはどんどん明るくなっていきました」と聞かされました。 実は昨夏、私もヒーローズ菅平サマーコンサートを企画しており、7月に石塚さんにコンサート前のトークショーのゲストをお願いした矢先でした。電話をかけてトークショーのゲストに来てほしいと頼むと「いいよー、行くよー」と驚くほど軽い返事が返ってきたのを記憶しています。 ひよっとしたら石塚さんは、自分の人生の終わりが近いことを感じ、自分自身の欲や我から離れ、人に何をしてあげるかを考え行動する事によって生きた証を残そうとしたのかもしれません。 大元さんの電話先での「石塚さんはどんどん明るくなっていきました」という話が、石塚さんの心境を何よりも語っているように思えてなりません。 ラグビーを愛し、ラグビーにのめり込んだ、愛すべきラガー、人間石塚武生さんのご冥福をお祈りすると共に、生きた証を残したこの本が広く読者の皆さんに読み継がれることをお祈りしたいと思います。 |
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