林 敏之の楽苦美(ラグビー)ブログ

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zoom RSS 国際メンターシップグラジュエイトスクールで講義 (大阪)

<<   作成日時 : 2008/09/28 00:43   >>

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国際メンターシップグラジュエイトスクールで1日の講義をしました。

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本スクールは、オランダにある大学(I..O.U)から、修士課程の学位を取得することができる大学院大学で、同志社大学の長谷川先輩が理事長を勤める学校法人エール学園に所属するスクールです。
本スクールは新しい時代のメンター(りーダー)として、人創り・人材育成に必要な哲学、思考方法・知識・智慧・技術・スキル・方法論などを身につけ、行動できるようになる目的で作られたもので、長谷川理事長、吉川宗男学長(ハワイ大学名誉教授(哲学博士))とお話をし、非常に思想も近く、BQ(行力)ステージの最終講義を頼みたいということで、教授の一人として講和を依頼されたものです。(本スクールの基本的な考え方として、人間に必要な能力をSQ(活力)、IQ(知力)、EQ(感力)、BQ(行力)、FQ(場力)の5つのインテリジェンスとして表現しています)

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「ラグビーから学ぶ感動の人生」と題して1日講義をしました。この日は15人ほどの参加でしたが、皆さんさすがに感度がよく、ラグビーの講義を聴きながらぼろぼろと涙を流してくれました。
本来私のテーマは感性ですが、感性とはそのものになりきる力、自分を自分に戻していく力です。私の話に共感し涙を流してくれたこと自体、頭で観察しているのではなく、感性で共感してくれたことの証明です。感性とは湧き上がってくる元、泉のようなものです。共感し涙してくれた時点で、私に言わせれば一番大切なものは伝わっているという感じです。

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昼食をはさみ、グループディスカッションをして発表してもらいました。模造紙のまとめ方が、一般の企業で行う研修とは一味違ってて、非常に楽しかったです。どちらのグループも涙と言う事を大きなテーマにあげてくれました。

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イギリスの宰相サッチャーは「人は誰でも勝つことができる。ただしひとつの例外を除いて。涙を流せない人は勝つことができない」と言いましたが、しだし名言だと思います。しかしながらこの言葉は体験がないと響かない。あるいはもう少し説明したら理解しやすくはあるんでしょうが・・。

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色々と肉付けの理論は話しましたが、私は教育の本質は面授だと思っています。人と向き合ったときに伝わるもの、本当はこれがすべてではないでしょうか。でも理論も必要ですね、体験と理論がかみ合ったら強くなる。暗黙知を形式知にしなくてはいけません。

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BQ(行力)と言うステージの講義ではありましたが、行力はEQより生まれます。感即動、使命感、信じること、未見の我との出会い、気づき、メンター、等について話をして講義を終えました。

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短い時間でしたが、皆さんの感度もよく、ミニ感性フォーラム的な内容の濃い講座になったと思います。今受講生の方たちの感想が届いているところです。

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コメント(20件)

内 容 ニックネーム/日時
今晩はダイマルさん、お久しぶりです。

ダイマルさん以外に相談できる人がいないのでお話させて下さい。

ダイマルさんがよく御存知の山口良治先生は、

「人間は一人では弱い存在だけど、親や子供や友達を守るためなら信じられないくらいの勇気や力が出る」と仰っています。

それに対して今の日本のスポーツライターの多くが日本を代表するスポーツ選手の皆さんに対して刷り込もうとしている

「個の自立」「個の確立」「自立した個」という概念は、

「自分の親や子供ですら平然と見殺しにできる人間が強い個だ」という狂った思想です。

ダイマルさんの同志社の後輩が起こした事件、関東学院の大麻事件にも、この「個の自立」「個の確立」「自立した個」という思想が間接的に影響しています。
杉山秀徳
2008/09/28 20:11
横綱・朝青龍が本場所を欠場しモンゴルでサッカーしていた事件も、朝青龍が周囲の人間に利用された面もありますが、

「個の自立」「個の確立」「自立した個」という思想と深いつながりを持っています。

日本のマスコミ関係者が賛美する「強い個」という概念は欧米で一般的な意味で使われる個人主義とは全く別物の異端の恐ろしい思想です。

「反『人権』宣言」(ちくま新書 八木秀次著)をお読み頂ければと思います。

このまま日本のマスコミ&スポーツマスコミの暴走を放置しておけば間違いなく日本のスポーツ、日本の社会、日本の国家は崩壊します。

それでは失礼致します。
杉山秀徳
2008/09/28 20:11
杉山さん、お久しぶりです。
杉山さんのおっしゃる、「個の自立」「個の確立」「自立した個」という概念ですが、しばしば定義が明確でないために混乱がおこっているように思います。
今回のお話は「個の自立」「個の確立」「自立した個」という言葉をどのように捕らえるかということが問題なのではないでしょうか。
私自身は「個の自立」という言葉を「自我の確立」「私自身を知ること」「私が私になること」というニュアンスで捕らえています。

2008/09/29 09:00
ジャン・ピアジェが言うように、自分とお母さんと外界の区別がつかない未分化な赤ちゃんの段階から、自分と他者や物理的な世界との区別が分かってきて、物事をコントロールするための思考が身について、次第にほかの人の役割や、心を理解できるようになり、形式操作と呼ばれるものができるようになれば、それぞれがどういう関係にあるか、あるいはなりうるかと言う事を考えることができ、自分を中心とした視点だけでなく、他者の視点に立って見ることができる認識能力が出てきます。
そういう意味で自我が確立すればするほど、自分を中心とした世界しか見えない視野の狭さが克服され、自我中心性から解放されていくのではないでしょうか。

2008/09/29 09:00
この人格の発達というものは、私にとっても大きなテーマなのですが、自我が確立し、自立すればするほど、人が人であることを認められ、エゴ中心性を脱却できるのだと思います。
しかしながら人格の発達はここで終わってしまうのではなく、個人合理性や集団合理性を越え、世界合理性、生態系合理性まで発達しなければならない。
さらにここで終わるのではなく、トランスパーソナルを唱えたウイルバーによると、いくつかの段階を経て、非二元段階(自分もほかのものも、すべてが別ものではないことが自覚される段階)まで行き着くことができるとしています。

2008/09/29 09:01
私自身も、「個の自立」は人格の発達段階のひとつのレベルであり、悟りといわれる「縁起の理法」「空」「一如」「無我」を体感する段階につながっているのだと考えます。
まあ、捉え方の問題ですが、杉山さんが懸念する「強い個」という概念を欧米で一般的な意味で使われる個人主義とは全く別物で、「自分の親や子供ですら平然と見殺しにできる人間が強い個だ」という狂った捉え方をする人は、私は少数なのではないかと思います。
希望的観測かもしれませんが、私は、人間は人格の発達を心の中で望んでいると思います。また個人合理性を超え、世界合理性、生態系合理性、さらには悟りの段階まで行くリーダーたちが現れなければ、宇宙船地球号は崩壊してしまうでしょう。
まさにそういう段階が近づきつつありますが、人間の可能性を信じたいなと思います。

2008/09/29 09:01
ダイマルさんへ、

お忙しい中、御返信有難うございます。

自我の発達に関する御話、とても勉強になりました。

少し長くなりますが、私が指摘させた頂いた

「自分の親や子供ですら平然と見殺しにできる人間が強い個だ」という恐ろしい概念は既に、

現実の今の日本人スポーツ選手に明確な形であらわれている具体例がありますので、

その具体例に関してお話しさせて下さい。

梅田香子著「イチロー・ルール」という本に

「イチローがオープン戦で初ホームランを打ったとき、マリナーズは試合で負けたにもかかわらず、『グレートゲーム!』と声をかけた日本のレポーターがいた。

『きみたちはイチローを取材に来ているのか!マリナーズを取材に来ているのか!』この春季キャンプで、ピネラが日本の報道陣に対して、怒ったのはその一度きりだ。」

という一節があります。
杉山秀徳
2008/09/29 14:22
マリナーズの地元シアトルの最近の新聞報道によると、

「イチロー選手が、チームの中で孤立しており、チームメイトから暴行される寸前の状態だった」とのことですが、

イチロー選手は、少し以前から

「マリナーズが勝っても自分が打てなければ少しも面白くない」といった類いのコメントを(恐らく日本のマスコミ関係者に誘導されて)何度も繰り返し公然と発しています。

ダイマルさんが神戸製鋼や同志社で主将を務めていた当時に戻ったとして、

チームが勝ち、皆が喜び合っている時に、自分がトライを取れなかったからといってあからさまに不機嫌な顔をし、「チームが勝っても嬉しくない」と口に出している選手がいたらどうお考えになるでしょうか?

恐らくその選手に対して注意されると思いますが、

今のイチロー選手は

「チームが勝っても自分の打撃成績が揮わなければあからさまに不機嫌な顔をし、そのことを口に出す」ことが

「自立した個」「個の確立」「個人の自立」の証しだと完全に勘違いしており、

仲間を思いやる気持ちを忘れてしまい、自分のことしか見えなくなっています。
杉山秀徳
2008/09/29 14:23
欧米で一般的な意味で使われる個人主義の個人は、

個人が自分の属する共同体や組織に対して依存するばかりではなく、

共同体や組織を支えたり、共同体や組織に対して奉仕する存在です。

しかし、今の日本のマスコミ・スポーツマスコミ関係者が多用する

「個の確立」「個の自立」「自立した個」という概念における個人は、

「個の解放」という言い方からも分かるように

明らかに、組織や共同体から孤立したり、組織や共同体と敵対したり、

組織や共同体を無視したりする存在という意味で用いられています。

「孤高のイチロー」「革命児イチロー」「反逆児イチロー」というフレーズを連呼するスポーツライターがイチロー選手にコバンザメのように付きまとい、何冊もイチロー選手に関する本を書いていますが

イチロー選手が今現在取り憑かれているのは明らかに欧米で一般的な意味で使われる個人主義ではなく、

日本のマスコミ&スポーツマスコミ関係者に特有の「強い個」という概念であるためマリナーズの中で浮いた存在になってしまっているのだと思います。
杉山秀徳
2008/09/29 14:24
日本のマスコミ&スポーツマスコミ関係者の多くが好み、多用する「個の自立」「個の確立」「自立した個」という概念ですが、

この概念はフランス革命に端を発していて

八木秀次著「反『人権』宣言」に非常に詳しく書かれていますので内容をかいつまんで御紹介致します。
杉山秀徳
2008/09/29 14:27
「・・・フランス革命は反共同体的な性格を持つものでもあった。

フランス革命は既存の共同体、中間団体、中間組織というものを徹底的に解体の方向に向かわせた。

人びとは、たとえば血縁による親族共同体、教会を中心とした宗教的な共同体、ギルドやツンフトなどの職能団体、地縁による地域共同体、そういったものに属していた。

革命政権はこれらの共同体に『封建的』というレッテルを貼り、人びとを縛りつける悪しき存在であるとして徹底的に解体した。

(今日の日本では、

上記に挙げられている共同体に加えてスポーツ競技のチームや家族までもが『個人を縛る悪しき存在』とされていますが、

『離婚の奨励・不倫の奨励』がドラマや芸能ワイドショーを通じて今の日本で大々的になされているのは

日本のマスコミ業界の一部に『家族は個人に対する抑圧装置だ』と狂信する人達が根強く存在するからです。)

解体することで、如何なる共同体にも属さず帰属意識も持たない『自由』で『自律的』な『個人』として解放してやるのだとした。
杉山秀徳
2008/09/29 14:28
『個人の解放』『個人の尊重』とは、このような既存の共同体から『解放』されたという意味での「個人」を尊重するということである。

その意味では『個人の解放』という論理は共同体の解体・破壊を意味した。

◆既存の共同体をいったん解体することで何ものにも帰属しない丸裸の『個人』を作り上げ、

◆この『個人』によって構成される新たな、まったく人工的な共同体を作り出すとともに、

◆『個人』を無媒介に直接革命政権の下に従属させ、全体主義的な支配を確立しようとしたのである。
杉山秀徳
2008/09/29 14:29
(補足させて頂きます。

オウム真理教では、子供を親から引き離し、教団が教育していましたが、北朝鮮でも全く同じことが行なわれています。

中間組織【たとえば地域共同体】の解体や家族の解体は【何ものにも属さない砂粒の個人】を生み出しますが、

人間というものは何らかの組織や共同体に属したいという本能を持っているため、

【砂粒化した個人】は必ず【歴史や伝統には根ざさない】何らかの宗教やイデオロギーや団体精神に依存せざるを得ず、

その状況こそが全体主義的なイデオロギーやカルト宗教が跋扈する温床となります。

今の日本で起きているのはこの過渡期の状況です。)
杉山秀徳
2008/09/29 14:30
中略

フランス人権宣言でいう「人」「人間」とは、このように如何なる共同体にも属さない存在である。

中略

・・・・共同体における相互の人間関係や宗教的な戒律、歴史・伝統・慣習に基づく多くの道徳・倫理は、

人びとが自己利益の追求や自己主張をしようとしたとき、それを制してくれるブレーキの役割を果たすものであろう。

しかし、共同体、宗教、歴史・伝統が有するそのような「制約の原理」は、「〔人間〕の権利」としての「人権」の確立によって失われた。

丸裸の「人間」に闘争の論理≠セけが与えられることになったのである。」

◆以上引用終了です。

ロシア人力士による大麻吸引とその後の訴訟乱発(人権派弁護士の暗躍)、

関東学院ラグビー部員の大麻事件、イチローのマリナーズでの孤立などの背景にあるのは、

日本のマスコミ&スポーツマスコミ関係者が喧伝する

人権思想から発した「個の自立」「個の確立」「自立した個」という概念です。

長くなりすみません

それでは失礼致します。
杉山秀徳
2008/09/29 14:31
何度もすみません、

フランス革命に関して誤解があるといけないので補足させて頂きます。

フランス革命は日本では今でも「自由と民主主義をもたらした革命」とされていますが現実には違います。

◆以下「反『人権』宣言」からの引用です。

「フランス革命において『人権宣言』に身体の自由、罪刑法定主義が紙のうえでは手厚く保証されながら、実際にはまったく守られなかったということは、

『人権宣言』に規定された『人および市民の権利』はすべて画餅に等しいことを意味している。

中略

その顕著な例としてヴァンデの大虐殺がある。

ヴァンデ地方は信仰心が篤く、王党派的な感情の強いところでもあった。

このヴァンデで徹底した虐殺行為が行なわれたのでである。
杉山秀徳
2008/09/29 15:50
中略

その結果として犠牲者数は約四十万人にも達した。しかも、それは計画的な集団虐殺であった。

このときの状況を虐殺の当事者であった共和国軍のフランソワ・ウェステルマン将軍は次のように報告している。

『ヴァンデはもはや存在しない。女子供もろとも、われわれの自由の剣のもとに死んだのだ。

私は彼らをサヴネの沼に葬った。

子供たちを馬で踏みつぶし、女たちを虐殺したから夜盗が生まれることもない。

囚人を一人でも残したと咎められるようなことはしていない。すべて処分した。

・・・・・道という道は死体で埋まっている。死体が多すぎるので、何カ所かではピラミッドのように積み上げねばならなかった』」
杉山秀徳
2008/09/29 15:51
◆以上引用終了です。

歴史家のサイモン・シャーマは、

「フランス革命が政治的徳に関するどのような主張を行なって歴史家の共感を得るとしても、

この非道極まる殺戮を、いかなる程度にせよ、正当化できるほど強い人間はいまい」

と述べていますが、

法によらない無制限の逮捕と拷問と処刑(ギロチン)の制度を実行したフランス革命で生まれた全体主義的な独裁体制の暗黒面を完全に隠蔽し、

ひたすらフランス革命を賛美するのが日本の人権派であり日本のマスコミ関係者の大勢であるという現実と

狂いつつある今の日本社会の現実はどこかでつながっていると私は思います。
杉山秀徳
2008/09/29 15:52
杉山さん、すごい量の返信をどうも。なかなか難しいですね。
うまく書けませんが、一郎選手の話、一郎選手が本当にそうなのかどうかは分かりませんが、やはりいくらチームスポーツと言っても、個人のプレーの良し悪しに対する思いはあると思います。
チームとして勝っても、自分がいいプレーをできなかったら満足できないという事もあるでしょうし、だからこそいいプレーもできるのではないかと思います。
しかし、チームは負けたけど自分はいいプレーができたから満足というのはないと思いますし、逆にチームは勝ったけど自分は良いプレーができなかったからと言っても、その感情をモロに表に出すのもどうかと思いますね・・。

2008/10/04 13:58
もともと個人と組織は共にあるべきもので、「〜の為に」、という次元から「〜と共に」と意識が成長することで、お互いが閉じて敵対していく閉鎖構造から、いくらでも開かれていくことができるのではないでしょうか。
私の為に、から、チームと共に、チームの為にから、地域と共に、地域のためにから、社会と共に・・、国の為にから、世界と共に・・、どんどん開かれていかなくてはいけないように思います。なかなかできないんですけどね。

2008/10/04 14:01
人間というのは元々、人の間、構造を生きている社会的な生き物です。
構造に入ってるから安心して生きられる半面、構造の中にいるから自分を見失う面もあると思うのです。
だからこそ「〜の為に」から「〜と共に」と意識を変えていくことが必要だと思います。
もともと公とは、大きな家なのだそうです。日本という国は、聖徳太子の時代より、人間だけではなく、すべての命を、自然を、『和』して行こうと言う『和』の理想を持っていたのではないでしょうか。
そしてそれは、日本にとどまらず、世界を、自然をも『和』していこうという高い理想だったのではないでしょうか。
いずれにしても、個と集団と言うのは、これから考えていかなければならない重要なテーマですよね。『和』というのがキーワードになるのではないかと思っています。
まあそんな事ですが、今回はこんなところで、よろしくお願いいたします。

2008/10/04 14:05

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